アートマン誕生！ 第２部 逃避行編
３・記憶
戦力のほとんどを失ったフーは、最後の手段としてツヅミ、タケ
オン、ミネリーの３人のメンバーズエリートを組ませ、少数精鋭の
部隊を編成した。舞鶴を失ったツヅミだが、要塞艦ベルガマスクで
補給していた戦艦、舞鴨、舞鴇が残っていた。しかし、体制軍の圧
倒的な物量に、ルーブルに近づけぬまま数日が流れた。そこはもう、
体制軍の領内であった。
マークたちは、神の御加護のもと一切の攻撃を受けずに、無事地
球へと到着したが、そこは自然に覆われた無人の惑星だった。
民俗衣装チマ・チョゴリに着替えて待っていたキムは、神（地球
人類）は遠い昔滅び、生き残ったほんの僅かの神々が、新人類をオ
ルフェウスに創造して、文明の再生を図ったのだと語った。しかし、
神の滅亡をはかる一派（悪魔）がオルフェウスを襲撃した。悪魔を
滅ぼすためには、神の最後の戦艦ルーブルがどうしても必要なのだ
という。
ネイルとセシルもキムと会見し、上空のルーブルに神を招き入れ
る約束をした。ネイルは、キムが美しく、しかもマーク好みのタイ
プなので、嫌な予感がしたが、彼の体は弱っており、ほかの方法を
考える気力も無かった。
その時、サインワイン大佐の追跡から逃れたハーシェル少将も、
その惑星に到着した。そこは、地球そっくりの環境に改造された、
カトルセゾン（四季）というシリンの惑星だった。地球とシリンは
同盟を結んでいたが、それは、シリン南北戦争の中、地球が一方の
ノースシリンと組んで、サウスシリンを壊滅させたからだった。
サウスシリンは、シリン移民の先遣隊として環境整備と居住ドー
ム建設を担当したが、移民本隊が到着するまでに勝手に領地を私物
化し、貴族のように優雅な生活を送っている人たちだったのだ。
エルソナ（マーク）は２３年前、スパイとしてサウスシリンに潜
入し、７年間そこで過ごした。彼は、今や幽閉の身となったバーメ
ンウィッヒ公爵の居城カラブラン城に住まい、大戦艦アルルカンを
駆る一方、優れたピアニストとして活躍していた。「力は正義」の
ガズミクとは違い、芸術重視のシリンでは最高の名誉であった。
エルソナの友人であり、バーメンウィッヒ家親衛隊参謀長のジー
クムント・カルフィは、ノースシリンのサブロール提督に能力を買
われ、部下となった。そして、惑星カトルセゾンを任されていたの
だった。彼は、シリン人には珍しく、芸術の全く分らない軍人だっ
たが、エルソナとは気があった。
ハーシェル少将は、早速カルフィに会って事情を説明した。だが、
アジュワイトもノースシリンの双璧の一方エミアール提督に、部下
のオザムと次席参謀サミーをそこに派遣するよう依頼していた。同
盟国とはいえ、ここはシリン領内。体制軍の艦隊は入ることができ
なかったのだ。
南北シリンが、地球奪回作戦のために一端休戦協定を結んだ頃、
エルソナは交渉時に何度かサミーを見かけた。しかし、ついに言葉
を交す機会は訪れず、彼はひどく後悔していた。アジュワイトはそ
れを知っていた。
カルフィは、自分がキムの部下だと偽ってマークと接触し、脳細
胞活性装置で彼の記憶を呼び覚ました。この惑星が地球ではないこ
と、アスレイトの「悪魔」とは敵ガズミクでなく地球の体制軍であ
ること、自分がシスティーナを助けるためにオルフェウスに転生し
たこと、そのシスティーナが、憧れのセシルだったということ、総
てが明らかになった。
「スコット・マクレガー閣下、お久しぶりです。少し、若返られま
したね」
その名は、シリン潜入時にエルソナ（マーク）が使っていたもの
だった。
「メグは、どうなった？ あの後、何がどうなったんだ？」
「あの時、あなたが殺されたものだと、思っていました。私も今は
サブロールの部下ですよ。そう、マーガレット・ブラックなら確か、
何年も前に結婚したそうですよ。お気の毒ですが」
バーメンウィッヒ家に同じスパイとして潜入し、マークの総ての
人生の中で、ただ一人気の許せた恋人が、すでに結婚していたとは
…。
「色々聞きたいこともあるけど、これ以上、頭を混乱させないでも
らいたいな」
マークには、偏屈で自信家のエルソナの表情が戻っていた。
オルフェウスとは、大量の人間をわずか１７歳という短い寿命に
して、次々に世代を入れ替え、確率的に超天才を発掘するための人
工惑星だった。当初１０００億人の計画だったが、１２０億人に達
した時点で、赴任してきたシスティーナは見るにみかねてオルフェ
ウス人に真実を告げた。彼女は永久追放され、オルフェウスも閉鎖
されたが、彼女と当時首相のモニカ、軍総司令のライスフィールド
らは、ワープ可能な宇宙船を建造し、地球へと抗議に向かおうとし
た。だから、抹殺されたのである。総ては、エルソナがシリンにい
る間の出来事だった。
ところが、彼は余計な記憶まで甦らせてしまった。当時少女だっ
たサミーは２９歳。抜けるように白い肌と冷たい雰囲気をそのまま
に、美しい大人の女へと成長していた。
「もうやめてくださいよ。１７年前、あなたがサミーの艦をわざと
外したのが、失敗の始まりなんですから」
「それも俺だが、南極ドームからみんなを助けたのも俺だ」
「我々は命拾いしました。あなたがマーガレットを助けたかっただ
けだとしても。しかし、南極ドームを犠牲にすれば、あなたは助か
った」
「俺はこうして生きている」
サミーは上空の大空母ソカロから、数機のウィングクルーザー
（艦上巡洋機）コーマックを出撃させ、ハーシェルとカルフィ、そ
して秘密を知ったマークを攻撃した。上空に待機していたルーブル
も、ソカロの迎撃で地上までは手が回らない。
ようやく、ルイ・ミラーのアスロック隊が出たものの、桁違いに
大きいコーマックの相手にはならなかった。カルフィも彼らの通信
を傍受するが、そこに映し出されたサミーの映像に、マークは冷静
さを失った。
「ど、どこの映像だ!? コーマックか、上の空母か」
コーマックも、エルソナが体制軍時代に設計したものだった。
「見つけた、前方の戦艦からだ！ もうすぐ肉眼で見えるぞ」
「戦艦ビーハイブ!? おい、サミーが、サミーが、俺が、俺のため
に設計したビーハイブに乗っているんだっ！」
「興奮するな。で、その戦艦の弱点は？」
「接近戦用の格闘戦艦だ。まずい、ルーブルが叩き落される！」
マークは、連絡艇に駆け込んだ。ビーハイブから巨大な腕が伸び、
ルーブルは掴まれるや地上に落下していった。上下対称構造ゆえ、
下半分の乗員はパニックで戦闘不能に陥った。
連絡艇がルーブルに入れないと判断したマークは、反転してビー
ハイブに飛び込んだ。彼の設計通りに建造されていれば、艦橋まで
は容易にたどりつけるはずだ。
マークは艦橋に入るなり、慣れた手つきでシステムをストップさ
せた。無表情なサミーの目が、驚きで大きくなった。
「マクレガー中将!? バカな…」
ノースシリンのオザム大佐も、たじろいだ。サミーも、ようやく
目の前の侵入者の正体を覚った。
「ムダだ。こいつは俺が設計したから、セキュリティも全部承知し
ている」
乗員の一人が、彼に向けて銃を発射したが、弾は跳ね返った。艦
が彼を乗員と認識して、あらゆる攻撃から守っているのだ。
「俺はずっと気になっていたんだ。君がどんな人かと、いつも想像
していた」
「ごめんなさい。返事のしようがないわ」
マークが落ち込む間も無く、オザムは言った。
「君は何をしに来た？ サミーに告白するために、甦ったわけでも
ないだろう」
「アジュワイトから、作戦は聞いていないのか？」
「体制軍が何の作戦だ？ 我々はエミアール閣下の指令しか受けな
い」
「らしくない。シリン人からそんなセリフを聞くとはな」
同盟を結んで、体制軍のような規律社会が伝染してきたのか。そ
れとも、単に体制軍への反発なのか。髪をかきむしって、マークは
考え込んだ。１７年間のブランクは大きかった。
彼は、ルーブルに連絡を取り、アスロック隊をビーハイブに乗り
込ませた。艦橋に入ってくると、ルイ・ミラーは無感動にサミーの
腕を掴んだ。乱暴というより事務的だったのが、マークを余計にい
らだたせた。
「捕虜がいるだろう」
「ネイルの命令か？ システィ…いや、セシルが言ったのか？」
「どうしたんだよ、変だぞ。先々、有利になるだろう。確認なら、
今取ればいいじゃないか」
ミラーは通信機をマークに投げ渡した。だが、彼はその場をミラ
ーに任せてルーブルへと戻った。セシルの記憶を甦らせて、判断を
仰ごうという考えだった。
セシル（システィーナ）の記憶は、甦った。
「もう、２４年ぶりだわね」
「そういや君は、シリンのことは知らなかったな。あの戦艦はガズ
ミクじゃない。ノースシリンの捕虜なんて、いると思うかい？」
「とにかく、今までの計画は全部白紙ね。体制軍にうまくガズミク
をぶつけられれば、なんとかなりそう。それで、シリンの人たちは
どこにつくと思うの？」
「俺は反体制軍と読むね。１７年で彼らの関係がどう変ったか、さ
っき古い友達に会ったんだけど、聞くのを忘れちまった。そうだ、
ハーシェルさんも近くにいるらしい」
「だまされたふりを続けて、やっぱり神様は信じられないってこと
にしましょう」
システィーナの眼が光った。
「まいったな。あの連中にはバレちまったよ」
「あなたはどうして、いつもいつも軽はずみなの。わかったわ、み
んな捕虜にして連れていきましょう」
二人が笑っているのを、後ろからアンヌが寂しそうに見ていた。
ネイルもその後ろから車椅子で艦橋に入ってきた。
「ネイル、トスカが死んだのよ」
アンヌは彼をにらむように言った。襲撃がなければ、きっと今頃
トスカはネイルと結ばれていた。
「システィーナ、早く！」
脳が損傷しないうちに、トスカの遺体を凍らせておかなければ。
マークが説明するまでもなく、セシルは処置室へ走り出した。寿命
が尽きても、まだ再生の道は残されている。
マークは、ビーハイブのルイ・ミラーに、艦橋にいた乗員を捕虜
として連行するよう、連絡した。彼のテキパキした手順に、アンヌ
だけが違和感を感じていた。
エルソナとシスティーナは２０世紀に生き、３００年後に地球で
再生された再生人間だった。それは、ソロモン王、聖徳太子に次ぐ、
人類３人目のＩＱ１０００（常人の１０倍の知性）の超人シャナナ
・レギンスを復活させるためのテストだったが、システィーナはオ
ルフェウス実験に反対し、エルソナはサウスシリンに寝返ったため、
過去の天才を再生するのは危険だという結論に至った。
システィーナは、オルフェウスで超人的天才モニカが生まれたの
で、教育係として送られた。しかし、そこで彼女が見た少女は、彼
女が前世で何度か会った、黒髪で黒目がちのシャナナだった。
２１世紀、今や誰も知らないラドルシアへ移民したシャナナの遺
伝子を、誰が手に入れ、モニカとしてオルフェウスに転生させたの
か？ その疑問は解けていなかった。シャナナは世間に干渉される
のを嫌って、映像も写真も残していなかった。そのため、誰にも気
づかれずにオルフェウスで成長していった。
「だから、シリン人は信用できんのだ」
アジュワイトは、ニセ地球の作戦が失敗したとの連絡を受け、激
怒した。シリン人は、人工惑星オルフェウスも、ましてやそこでの
実験内容など知らない。ルーブルの進路が太陽系へと向いたのは、
捕虜になったシリン人が地球の位置を教えたからに違いない。彼は
そう考えた。シリン人は、ルーブルの乗員を体制軍への反逆者集団
と見て、この期に乗じて反体制軍行動に出るつもりなのだろうか。
ともかく、もう一刻の猶予もない。
アジュワイトは、キムに最後の手段として、マークを誘惑しろと
命令するが、彼女は拒否した。キムらブラックスワンは、ルーブル
を破壊しても構わないと許可を得ると、一斉攻撃に向かった。
警報の響くルーブルの艦橋で、マークはセシルに話しかけた。
「どうして、俺がアレを３本腕、３本足にしたと思う？」
「１本壊れても予備があるから？」
「変形すれば、元どおりの形になるからさ。だから、誰がどの機体
に乗っているのか、判別しにくい」
そう、マークは気づいていたのだ。３機のディムロが密集体形の
時には、エースのリムが３機を操縦し、ハンが３機の武器を総て使
い、その間にキムが戦況を見て、後方の支援艦隊に援護射撃を指示
していることを…。
マークはルイ・ミラーに連絡し、至近距離で別々の方向から全く
同時に３機を狙わせた。一方向に３機を逃すことができないリムは、
操作体系を元に戻した。次の瞬間、最も操縦の未熟なキムが、捕ら
えれていた。
捕虜を迎えに、アンヌとマークが格納庫まで降りてきた。
「ナヌン タンシン ヌルサラン ハムニダ（私はあなたを愛して
います）」
「ミアン ハムニダ（ごめんなさい）」
キムは、彼の問いかけに、無感動に答えた。彼女は、エルソナの
使える１４の言語の中に、韓国語が含まれていることを思い出した。
何を考えているか分らない、といわれる彼の元々の性格も今、実感
した。
「神様の言葉？」
「いや、冗談を言っただけだ」
アンヌが、彼の顔を見上げると、その表情は不自然に曇っていた。
ルイ・ミラーは、キムの格闘機ディムロのコックピットを見て、
アスロックとほとんど同じものだと気づいたが、ネイルやアルバー
トには知らせないようにという、マークの命令には従わざるを得な
かった。同級生とはいえ、軍隊の中では上官と部下であった。
その頃、フーは、ツヅミをそばに置き、タケオンに勝美を監視さ
せていた。動けるのは新人のミネリーのみ。ガズミク随一でシステ
ィーナをも超えるＩＱ５２２。彼女は今までの戦況を見て、ルーブ
ルは本当の地球へ向かうと予想した。しかし、それは何らかの目的
を達成するためで、いずれは、永世中立要塞ガストロ・ザーラへ身
を寄せるだろう。彼女はトシム将軍にルーブルを追わせつつ、ガス
トロ・ザーラ制圧のために、ワカーリン将軍を差し向けた。
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