アートマン誕生！ 第２部 逃避行編
２・救世主
オルフェウスから１１５０万キロ。同じ恒星系内に、軍事基地を
持つ自然惑星デアトールはあった。アスレイトでは神々の居住地と
されているが、実際は人工惑星建設のための中継基地に過ぎなかっ
た。艦隊は、次々に降下していった。上下対称構造を持ち、着陸不
可能なルーブルだけは、大気圏外で待機となった。
「取り敢えず、民間人をここに降ろそうかな」
「艦隊には２２００万人、オルフェウスには３億ないし４億、もっ
とも、もう絶望的だろうがな」
アルバートの事務的な言い方に、セシルは怒りより、涙が込み上
げてきた。
「ここに置いていくのは、危険だわ」
「空母１１、戦艦２４、巡洋艦が…、いや、やめよう。な、リーダ
ー。分割するほど戦力がないぜ」
ツヅミの部下エスケス将軍の艦隊により、たった５日間でオルフ
ェウス脱出艦隊の半数が失われていた。ネイルが、無謀でも新たな
戦略を提案せずにいられないわけだ。
マークとトスカは、グランディマージュへ移った。逆にネイルは
総司令として、アルバートは研究のため、セシルは参謀としてルー
ブルへと移った。引き継ぎのため、ルーブルでマークはセシルに会
った。彼が、医師となったセシルに再会するのは、１年ぶりだった。
セシルは、肩までのブロンドの髪で、以前のようにもみあげも剃
っていた。そして、相変わらずよく瞬きもしていた。鋭い眼が、彼
を見た。
「お互いに、嫌な役回りね」
「妙な人事だよ。俺がグランディマージュに移る理由はないのに」
二人の会話は、少し食い違っていた。
マークは、肉視窓から巡洋艦レマルジョンを眺めた。それは、彼
（エルソナ）が２５年前、体制軍時代に最初に設計した艦だった。
戦闘効率に優れた名艦であり、数多くが量産され、１６年前の戦争
でも多数投入された。そのうちの１００隻余りが、今ここにあると
いうわけだ。彼は、言葉にできな懐かしさを感じていた。
ネイルらは、アスレイトの暗号を解いて、次の行き先を決定して
いた。それは、オルフェウスと地球の中間点にある要塞であった。
マークは、地上のグランディマージュの一室で仮眠をとっていた。
すると、サインワイン大佐が至近距離ワープ装置で、彼の部屋のベ
ッドの横に突然現れた。そして、彼は自分が異星人であり、オルフ
ェウス人との接触の歴史がアスレイトに書かれていると伝えた。彼
は、面識のあるエルソナ（マーク）が、記憶を取り戻していないの
を確かめると、自分たちが現れた理由を話すため、数日後にある若
い女性がコンタクトを取ると言い残して、その場から消滅した。
サインワインは、遅れてきたハーシェルの艦隊を威嚇し、マーク
との接触を妨害した。マークをだませるだろう、天才の女性キム・
ヨファが到着するまでの時間稼ぎだった。
ようやく体制軍の精鋭部隊ブラックスワンも到着した。天才キム
・ヨファ（金麗華）、戦術家ハン・ホンポ（韓紅宝）、エースパイ
ロットのリム・チュンヒャン（林春香）の女性３人組は、かつてエ
ルソナ（マーク）が設計した、３本腕３本足の異形の格闘機ディム
ロ３機で出撃した。
キムは、アジュワイトから指令の受けた時、戦闘でルーブルを奪
回すると答えたが、マークをだまして、ルーブルとシスティーナを
取り戻すという作戦は変更されなかった。
エルソナも希有の天才。戦って勝つことも、だますことも不可能。
彼が心を動かすとすれば、キムの知的な美しさしかない。そう考え
ての起用だったのだ。キムは地上で、ガズミクの格闘機隊を迎撃す
るアスロック隊の中に、マークの姿を発見するが、彼は三流パイロ
ットに過ぎなかった。しかも、マークのＩＱはキムより１００も低
い、天才いうには微妙な１４０であった。
デアトールで補給を済ませ、艦隊は出航した。キムたちは空母グ
ランディマージュに潜入し、マークの部屋へ至近距離ワープで現れ
た（宇宙の彼方から生身でワープしたかのように）。彼女は、マー
クこそ聖書アスレイトに予言された救世主アレイユだと告げた。
彼は睡眠薬で眠らされ、キムとその部下に運び出された。彼女た
ちは空母から出て母艦に戻ると、超高速連絡艇で太陽系の巨大要塞
プロセルピーナに到達した。そして、彼は目覚めた。
そこは緑に覆われた惑星で、キムは雨や雪を降らせたり、夜と朝
の風景を交互に出したりして、オルフェウス人とは桁違いの神の力
を見せつけた。それは、要塞内部の自然区域に過ぎなかったが。
そして、彼女は困った時に使えと、マークに護符を手渡した。モ
ニターで一部始終を見ていたアジュワイトは、彼はだまされてはい
ないが、彼女の魅力には強く惹かれたと感じた。マークは再び眠ら
され、グランディマージュに帰された。２時間ほどの会見だったが、
実際は３日が流れていた。
サインワイン大佐の艦隊に加え、アジュワイトは強大な艦隊を投
入して、ガズミク艦隊に対抗したが、オルフェウス人に存在を覚ら
れずに行動するのは難しく、脱出艦隊はわずか１６隻にまで減って
いた。
アスロックで出撃中に、母艦グランディマージュが沈められため、
マークもルーブルに乗り込んだ。そして、彼はキムのマニュアル通
り、幹部（仲間）たちにアスレイトの謎解きを聞かせ、神の奇蹟を
見せた。総司令ネイルは、自分の解釈（真実）とは異なるが、罠な
ら罠にハマってみようと決断した。
その頃から、マークは過去の記憶を取り戻しつつあった。かつて
の絵や音楽の能力が甦り、新しい格闘機の設計も手懸け始めた。
彼は、救世主となって幹部たちと一緒にいることが多くなり、一
介の兵士に過ぎないアンヌに会う機会が減った。彼の心は、学生時
代に憧れたセシルに移り始めていた。アンヌも、エリートスクール
入学以前に別れた凡人の恋人フラグスバーガーと再会していた。
ガズミクの皇帝ダニエルは、ルーブル捕獲が遅れているので、新
人メンバーズエリート・ミネリーをフーの元に送った。彼女を連れ
てきたのは、同じくメンバーズエリートにして皇帝親衛隊長の勝美
だった。
ツヅミの野望も、ついに動き出した。フー（佐伯富美香）、シリ
ン人捕虜の白石ミキらと、ツヅミ（鼓利彦）は国を越えて旧日本人
のネットワークを築いていた。そして体制軍のリム・チュンヒャン。
彼女は韓国名で活動しているが、実際は日本人ハヤシ・ハルカだっ
たのだ。彼女へもツヅミの配下が、接触を試みていた。
彼は、ここで勝美を仲間に引き入れ、一気にシリン、地球、ガズ
ミクを手に入れようと企んだ。だが、勝美はミネリーの後見人とし
て要塞艦ベルガマスクに乗ったわけではなく、反逆者ツヅミの暗殺
が目的だったのだ。ダニエルの霊感は、すべてを見通していた。
ツヅミは戦艦「舞鶴」で、タケオンとともに戦場へ向かった。
「皇帝陛下は、どうしてルーブルごとき戦艦に固執すると思う？」
「あの軍人マーでも、沈められなかったというじゃないか」
タケオンは自分の考えを述べようとせず、反逆者の言葉をかわし
た。後方から、勝美とミネリーの戦艦ケーゲルシュタットが続いた。
勝美の母艦ダンシング・ホークは、ベルガマスクで出撃準備を進め
ていた。
「フー様の様子に気がついた？ まるであの男と恋人のよう。皇帝
陛下のご命令もうなずけるわ」
「私に、話してよろしくて？」
「あなたは、フー様をも凌駕している。ダニエル様が不老不死でな
いのなら、次期皇帝には…」
勝美は含み笑いをした。１８歳のミネリーから見れば、目の前の
親衛隊長は３倍、ツヅミは８倍もの人生経験を持っていた。彼女も
数年後には生体改造を受け、数百歳の寿命と不変の若さを手に入れ
ることになる。
ツヅミとタケオンは、格闘機で出撃した。勝美とミネリーも格闘
機でそれを追った。巨大といっても、「舞鶴」よりふたまわり大き
い程度のルーブルが見えてきた。
ルーブルの艦長席には、セシルが座っていた。ネイルが心労で倒
れたのだ。いや、乗員にはそう伝えられたが、診断したセシルには、
彼の寿命が尽きようとしているのが分っていた。
セシルの指示で、ルイ・ミラー率いるアスロック隊が出撃した。
そこには、短期間にマーク以上の腕前に成長したアンヌの姿もあっ
た。ミラーはマーク設計の新型機でツヅミらを圧倒したが、彼らの
腕は超一流であり、格闘機のサイズと火力も数段大きく、防衛線は
次第に後退していった。
「巡洋艦Ｄ８４大破！ 空母アクトランド被弾！」
ツヅミの格闘機は、アスロック隊の防衛網をくぐり抜け、艦隊に
襲いかかった。
「撤退させろ！」
艦橋から、指揮権のないマークが叫んだ。アルバートが、すかさ
ず彼に殴りかかった。
「アンヌが出ているからだろう、おまえは…」
マークは、ふと無作為にポケットにしまっていた護符のことを思
い出した。そして、破いた（使った）。その瞬間、ルーブル前方の
ガズミク艦隊４０隻が消滅した。
「何事か！ すぐに調査するんだ！」
ツヅミは怒鳴ったが、命令を聞く部下の姿はどこにも無かった。
「運の良い」
勝美は、短く独語した。
護符が破られた信号は、キムの母艦でキャッチされ、それが遥か
要塞プロセルピーナに転送されて、ワープ式要塞砲ガンマ・バース
ト砲が発射されたのだった。
ツヅミとタケオンは、前衛艦隊が全滅したことを知ると、数億キ
ロ先に展開した主力艦隊２万隻に合流することにしたが、そこにも
艦影は無かった。これだけはウソのない神に近い力であった。
アジュワイトは体制軍最大の秘密兵器を使ってしまったわけだが、
ルーブルを渡すことを考えれば安いものだった。ルーブルという戦
艦より、地球トップの天才システィーナが敵の手に落ちることが怖
かったのである。
護符の絶大な効果で、ルーブルの幹部たちは神の奇蹟を信じた。
マークがそれをキムに伝えると、彼女は地球の位置を教えた。戦闘
の後、ただ一隻となったルーブルは、体制軍前線基地への進路から
外れていった。体制軍の正体が、彼らに知られる危険は回避された。
次の章へ
前の章へ
目次に戻る