アートマン誕生！ 第２部 逃避行編
１・青い戦艦
人工惑星オルフェウスは、正体不明の艦隊の襲撃によって機能を
停止していた。惑星の隅々まで水や大気を循環させるにも動力が不
可欠な世界において、これは致命的なダメージといえた。
マーク・ウィルガン少佐の率いる部隊は、移民船団の護衛を６時
間後に控え、首都メイポック周辺で生存者の捜索を続けていた。
「マーク、救命艇をこっちへ回してくれ」
「地殻プレートの破損がひどい。アスロックを降下させた方がいい
な」
脆弱になった地盤は、軽装甲車を走らせるにも気を使わせるが、
命令を受けたエースパイロット、ルイ・ミラー大尉にとって、５５
トンの格闘機を降ろすのは、たやすいことだった。
暫定政府の拠点となる、空母グランディマージュの参謀室では、
ネイル・ワードロード大佐をリーダーとして、エリートスクール時
代の仲間たちが集まっていた。
「私は、軍隊には入りませんよ」
穏やかでありながら眼光の鋭い少女は、部屋に入るなり強い口調
で言った。セシル・サーブル。彼らの学年で常にトップを走ってき
た天才だ。
彼女の母モニカが首相としてオルフェウスを統治した時代にも、
正体不明の敵がこの人工惑星を襲った。カール・ライスフィールド
元帥率いる大艦隊は混戦の末、辛くも勝利したといわれているが、
わずか１６年前の出来事だというのに、全人口の９割を失ったため
戦闘記録どころか、それ以前の歴史さえ不確かなものとなってしま
っていた。
セシルはネイルに、かつてのライスフィールド元帥の姿を重ねて
いた。
「やだな。僕が、彼のような暴君になると思うのかい？」
「１０００億が１００億、１００億が１０億だ。死んだ人間は今度
の方がずっと少ないぜ」
セシルの反論を封じるように、アルバート・ランガー技術大佐は
言った。
「この１０億をどう生かすかだな、お嬢様」
嫌な言い方だと、セシルは苦笑した。伝説的指導者モニカ。優し
いが気丈な母だった…。一転、学級委員さえ一度もやったことのな
い自分には、軍の参謀長など重荷でしかない。
マークは、不器用にバギーを走らせていた。家に戻って荷物をま
とめようというのだ。「アンヌ、まだこんなところにいたのか」
中にいたのは、彼の婚約者だった。体は小さいがスポーツ万能、
ちょっと気が強くてわがままだが、学生時代はみんなのアイドルで、
彼もなぜ婚約できたのか不思議に思っているくらいだ。
「これは、持っていった方がいいわ」
彼女は一冊の本を拾いあげた。表紙には「アスレイト」と書かれ
ていた。それは人類の聖書であり、彼ら一握りのエリート集団が、
悪魔の妨害から代々守り続けてきたものだった。彼は、興味のない
本を反射的に受け取ってしまった。知り合って５年になるが、アン
ヌには慣れない彼だった。
二人が家を出ると、街は一変していた。警報システムが破壊され
ていて、気がつかなかったが、一面を炎が包んでいたのだ。そこに、
低いホバーリングでルイ・ミラーのアスロックが現れた。中には数
人の兵士が乗っているだけで、市民の姿は無かった。
グランディマージュでも、襲撃の知らせは入っていた。セシルが、
ネイルに目で合図した。地下深くのプレート層に敵が群がっている。
アスレイトに書かれている、伝説の青い戦艦ルーブルがそこにある
に違いなかった。
ネイルはマークたちに、さらに下層のプレートからルーブル侵入
を命じた。セシルが非難するように彼を見たが、彼の一言で引き下
がるしかなかった。
「あいつは、親友だよ」
「マークは天才だ。成績はともかく、君でも分らない問題を解いた
ことがあったろう」
アルバートも言った。
巨大な戦艦ルーブル。マークが到着すると、すでに別の部隊が乗
り込んでいた。卒業後、保母になった彼らのクラスメイト、トスカ
・キリエも避難してきていた。
「トスカさん、生きててよかった」
「先のことを考えると、どうかしら」
意識してかどうか、彼女はマークの言った意味を取り違えて返事
をした。優しくしとやかな彼女は、彼にとって伝説のモニカ・サー
ブルのイメージだった。アンヌは、軽蔑するようにマークを見た。
艦内は見慣れた風景で、コンソールも英語で表示されていた。ア
スレイトに出てくる青い悪魔は、伝説ではなく至極現実的なものだ
った。司令基地のように広大な艦橋へ上ると、彼らはエンジンを始
動させた。そして、巨大な砲塔は、正体不明の敵艦隊を一瞬にして
粉砕した。
オルフェウスから４０００光年の彼方、太陽系火星軌道上の浮遊
要塞ヘルメスにも、その知らせは入っていた。第２次体制軍副司令
官エド・ジェグナン大将は、チャドウィック・ハーシェル少将を、
５００隻の艦隊とともにオルフェウスに急行させた。
１６年前の作戦では、反逆者システィーナ・ハーネイ少将の抹殺
という目的だけは達成することができたが、体制軍最大最強の旗艦
ルーブルは奪われてしまった。彼らはオルフェウスにたてこもり、
体制軍を地下へ地下へと誘った。戦艦から格闘機へ、装甲車から歩
兵へ。次第に狭くなる戦場に戦力をそがれ、兵士たちは地下街に閉
じ込められていった…。敵はシスティーナだけではなかったのだ。
主要な艦艇もライスフィールド元帥の手で次々に奪われていった。
ただ、システィーナの遺伝子を識別する細菌兵器だけが、任務をま
っとうしたというわけである。
その後、オルフェウス人はルーブル内部の研究設備を使って、シ
スティーナを再生した。彼女の義父でもあるジェグナンは、すぐに
それをつきとめた。しかし、立場上彼は彼女の捜索ができない。や
むなく、彼女に縁の深い一人の男に連絡を取ったのだった。
軍から登録を抹消されたエルソナ・モンゴメリ特務中佐は、シス
ティーナ奪回のため、密かにオルフェウスに転生した。しかし、体
制軍総司令ポール・アジュワイト元帥の陰謀で、エルソナは未だ記
憶を失ったまま、システィーナも行方不明のままとなっていたのだ。
「エルソナ・モンゴメリと接触せよ。オルフェウスでの彼の名は、
マーク・ウィルガンだ」
ハーシェルはそう命令を受けた。彼の記憶を甦らせ、システィー
ナを探させるのだ。オルフェウス５９年度卒業組は５億２千万人に
達するが、地球トップのＩＱ４９５を持つ彼女だ。必ずやマークと
同じエリートスクールに入っているに違いない。ハーシェルはかつ
ての上官に思いをはせた。
だが、オルフェウス襲撃の知らせは、アジュワイト元帥の元へも
届いていたのである。彼は、すぐさまサインワイン大佐を最高速の
艦隊にて出撃させた。命令から１５分後の出航で乗り遅れる兵士、
断続的なワープで脱落する戦艦…。順調にいけば５日後にはオルフ
ェウスだ。
オルフェウスから３兆キロ。不気味にきらめく、超近代的な巨大
要塞艦ベルガマスク。
タケオン提督が、オルフェウス襲撃作戦を終えてフーの機甲師団
に帰還してきた。彼は、ガズミク最高峰の「メンバーズエリート」
の称号を持つ、数少ない軍人である。
２００年前、地球から旅立った３つの移民船団の一つがガズミク
だった。８０年前からザロモンと名乗る極少人数の集団に支配され
ている地球を奪回するため、国力を高めたガズミクが立ち上がった
のだ。
もう一つの移民船団シリンは、地球奪回の野望を抱きながら、相
次ぐ内乱のために機会を逸し、１７年前に地球の体制軍と同盟を結
ぶに至った。さらに一つの移民船団ラドルシアは、文明否定の理念
ゆえに、今は行方を知る者もいない…。
ガズミク４超人の一人、賢人フーの傍らに、長身で屈強な体格を
持つ青年が寄り添うように立っていた。彼こそ、フーの艦隊でタケ
オンと権力を二分するメンバーズエリート、ツヅミ提督である。そ
して、ガズミクにとって最も危険な男であった。
太陽系を拠点とする体制軍と、ガズミクとの戦いは、すでに半世
紀に及んでいた。３つの移民船団が旅立った後の地球では、ごく小
人数の超エリートたちが、古代遺跡の超科学を独占して、人類を奴
隷化していたのだった。
しかし、超科学を理解するだけでも桁外れの知性が要求されるた
め、反乱軍はことごとく敗北。支配者の私兵である体制軍は、密か
に超天才を養成して時を待っていた。その中のトップこそ、今や反
逆者として再び抹殺されようとしているシスティーナであった。
フーは、ガズミク人の中で３番目に長寿の２０８歳。４超人のト
ップである怪人ギィと皇帝ダニエルとともに、地球の記憶を持って
いた。故郷への想いは、移民船の中で生まれたツヅミには理解を越
えたものだった。
「エンチャー将軍の艦隊が、全滅しました」
「ルーブルが敵の手に落ちたというのか!?」
タケオンは、思わぬ部下の失態にうろたえた。
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