アートマン誕生！ 第２部 逃避行編
４・地球
本当の地球へ、マークたちはワープを繰り返した。木星付近に、
要塞プロセルピーナが見えた。捕虜になったキムは、サミーたちに
共同でルーブル脱出をしようと誘うが、体制軍は信用できないと断
わられた。キムは、マークがサミーに想いを寄せていることを利用
し、彼女を人質に取った。そして、艦がプロセルピーナに入港する
のを待った。
「あの中に入れば、チャンスはあるわ」
セシルは、すっかり厳しい軍人の顔に戻っていた。かつて、シス
ティーナ・ハーネイ少将は、プロセルピーナを母港とする体制軍第
３主力艦隊１万５千隻率いていた。要塞内部も知り尽くしていたの
である。
巨大な艦影が２つ、目前にワープアウトしてきた。戦艦サンピエ
トロとデンヘルダー。１６年の間に、ルーブルの同型艦が２隻も建
造されていたのである。しかし、事態はもっと深刻だった。
艦橋のメインパネルに映像が映った。
「あぁ!!」
黒髪に黒目がちの少女。ネイルたちがわずかに残された映像を見
ては、神様のように敬愛していた、ＩＱ７８８のモニカ・サーブル
ではないか。そして、神として君臨したアレイユ（バレル大佐）が、
老人の姿で登場した。１７歳の寿命の彼らの目には、老人は異星人
のように映ったに違いない。
辛うじて冷静さを失わなかったアルバートは、パネルの向こうに
いる将兵が、自分たちと同じ軍服を着て、同じ階級章をつけている
のを発見した。
そして、前方に次々とワープアウトしてくる大艦隊の映像が入っ
てくると、ルーブルではざわめきが起こった。艦艇も、そのほとん
どが自分たちがオルフェウスで使っていたものと同じだったのだ。
戦艦サンピエトロの艦橋、モニカの小さな肩を抱いて、アジュワ
イト元帥の姿が映った。そして、彼はパネルを通してマークを指さ
した。
「その救世主はニセモノだ。すべては、おまえたちが捕らえた悪魔
キム・ヨファの策略だ。もう敵は来ない。戦う必要もない。武装を
解除してこちらにきたまえ、私たちは仲間だ」
セシルは、マークに目で合図した。
「お母様、甦られたのですね」
セシルの目に涙が滲んだ。無論、記憶は無くしたままだと思わせ
る芝居だったが、自らの体を使って、自分を産んでくれた彼女への
深い感謝が、本当の涙を流させた。
「黄色いブランコが懐かしいわ」
「セシル、私もよく覚えているわ」
モニカは、再生以前の記憶も持っていた。教育係のシスティーナ
が幼い彼女をよく連れていった公園。１６年前の体制軍による襲撃
で無くなってしまった。モニカも、システィーナに再生以前の記憶
が戻ったことを覚った。
セシルたちにも、ようやく陰謀の全貌が見えてきた。
人工惑星オルフェウスが、ガンマ・バースト砲のワープ射程範囲
外にあったにしても、ルーブルの同型艦サンピエトロがあるのなら、
その次元震動砲の一撃で人工惑星を消滅させてしまうことができた
筈だ。しかし、そうしなかったのは、ルーブルやシスティーナを奪
回したいからではなく、体制軍がモニカの信頼を失うのを恐れたか
らだったのである。
１６年前にオルフェウスは閉鎖されたが、モニカはそれから４年
後の１９歳まで生きた。エリートは死亡と同時に、その遺伝子コー
ドと記憶が体制軍に転送されるシステムになっていたが、システィ
ーナも、それだけは稼働させたままにしておいた。短すぎる寿命を
終えても、再生される可能性を残したかったのだ。
人の知性は、遺伝子だけでなく経験も大きな要素だから、記憶を
消してはしまわないと思ったが、総ての記憶が残されたままだとは、
セシルたちも驚いた。
「みんなを連れて、すぐに行くわね」
セシルの言葉に、モニカは小さくうなずいた。セシルたちがプロ
セルピーナに入って何をするつもりか、彼女には想像がついた。オ
ルフェウス人最大の弱点は寿命の短さ。乗員たちを生体改造で普通
の人間に戻さなければ、逃亡も続きはしない。惑星並の大きさを持
つプロセルピーナ。内部で半永久的に逃げ続けることも可能だろう。
モニカの体は１０歳で、いまだ少尉。システィーナの味方になる
とすれば、バレル退役大佐と、連絡のつかないハーシェル少将。そ
して、昔一級下だったカール・ライスフィールドが、どこかで研修
を受けているはずだった。
バレルは、モニカに目で合図を送った。彼も、システィーナの記
憶が戻ったことに気づいていたのだ。設備の手配は、これで安心で
ある。
「辺境の地で静かにしていれば、よかったものを…」
アジュワイトが、苦渋の表情で独語した。モニカにも、その意味
がすぐには分らなかった。システィーナ直系の子孫であるポール・
アジュワイトは、天才家系ゆえに若くして体制軍トップとなったが、
システィーナは中性で子供の産める体ではなかったのだ。彼女の子
供とされていたのは、先祖カーン・アジュワイトと前妻との間の子
供だった。アジュワイト家はその記録を隠蔽し、３世紀もの間、権
力を保ち続けていたのである。それが明らかになれば、彼は今日に
も失脚する。
１９９０年代、彼女と大学生活を共にしたエルソナ・モンゴメリ
が、今もって知らない事実だった。彼女のプロフィールには身長１
７３センチとあるが、実際は１７８センチ。友人たちには「ハイヒ
ールを履かないから、マイナス５センチ」と話していたが、本音は
エルソナより１センチ低いことにしたかったのかも知れない。必要
以上に女性ホルモンを摂取していた彼女には、そんなコンプレック
スがあった。
ルーブルは、サンピエトロからの指示で操作系統を彼らの誘導に
切り替え、プロセルピーナへと入港していった。
体制軍は油断していた。全員が、降りてくるタラップに注目した
時、艦載機発艦口が開いて、アスロック隊が飛び出した。ニセ地球
で積み込んだウィングクルーザー、コーマックもルイ・ミラーが乗
って出た。マークは、キムの乗っていた格闘機ディムロで出た。
「ヨファは頭がいい。物の使い方をよく知っている」
彼は、機内の操作パネルを眺めて言った。表示文字には瞬時に判
読できる日本語を、仲間との通信には暗号解読されても発音が聞き
分けにくい中国語を、キー操作には文字数の少ないアルファベット
を使う等と、徹底的に効率化されていたのである。ただ、旧韓国財
閥の令嬢にして、弱冠１９歳で大佐に昇進した天才キム・ヨファも、
マークには凡人の一人としか映らなかった。
マークたちがエアロックを破壊すると、セシルはルーブルを奥へ
と進めた。
ブラックスワンの残り２人、ハン・ホンポとリム・チュンヒャン
は、すぐさま宇宙港へと向かった。決してガズミクの手の及ばない
体制軍の本拠地である。もう邪魔者はいない。
ルーブルは、マークが以前キムと訪れた巨大な自然区域に入った。
ハンは、大気圏突入離脱機能を取り除いて軽量化したウィングクル
ーザー（陸上巡洋機）トマックを発進させた。ここでは、ルーブル
の強力な兵器は一切使えない。要塞は１０億をこえる人口を抱えて
いるのだ。
バレルは、生体改造設備を積んだ輸送機でルーブルに向かうが、
ハンに撃ち落されてしまった。そして、キムも脱出。ただし、サミ
ーたちに逆に人質にされてであるが。
同時に、リムとルイ・ミラーの、エース同士のドッグファイトも
終った。ミラーが急激な老衰のため、コックピットで倒れたのだ。
やむなく、弾薬等を補給するだけで、ルーブルは要塞を脱出した。
そして、激しい連続ワープ。数百隻の超高速戦艦と、巨大戦艦サン
ピエトロがそれを追った。しかし、ワープのタイミングの違いから、
途中で遭遇することはなかった。
マークとセシルは、永世中立要塞ガストロ・ザーラにたどり着い
た。
しかし、そこにはミネリーが待ち受けていた。彼女にとって予想
通りの展開だった。
ガズミク本星から、怪人ギィとともに皇帝ダニエルが訪れた。
「ドクトル・ワインガルトナー…」
彼らの姿を見て、セシルは驚愕した。ギィとは、ナチス第３帝国
でヒトラー総統直属の、ユーベルメンシュ（超人）計画を指揮した
ジークフリード・ワインガルトナー博士だったのだ。研究所でシス
ティーナ（セシル）と、エルソナ（マーク）の両親たち超天才を生
み出し、その後の世代を研究するため、彼らの遺伝子を保存してい
た人物。彼のせいで、二人は３００年後の世界に再生されるはめに
なったのである。
ギィの隣には、１４歳ぐらいにしか見えない、２８００年変らぬ
姿の預言者ダニエルがいた。彼は自らの遺伝子から不死因子を、ギ
ィを通じてシスティーナとエルソナに、そしてシャナナには直接授
けた。それが、幾度も再生を繰り返す因縁となったのだった。
ダニエルは霊視によって、総てを見通していた。天才をつくる目
的は、アートマンの創造にあった。遠い昔、アートマン（神）がブ
ラフマン（宇宙）を支配して平和が続いたが、今はブラフマン（宇
宙）が個人個人（アートマン）の運命を支配する時代。発展しすぎ
た人類は、宇宙によって破滅させられる運命にあった。
神が人類をつくったのは、人類に次世代の神を創り出させるとい
う、想像を絶する目的のためだった。もはや預言者を誕生させる力
も失った神。古代バビロンはネブカドネザル王の時代から永遠に生
きつづけていたダニエルは２１世紀、超人シャナナとともに立ち上
がった。
感性をシリン、精神をラドルシア、力をガズミク、知性を地球で、
それぞれ磨き上げ、数百年後、交流を再開しようという計画だった。
ガズミクにはダニエルが、ラドルシアにはシャナナが同行して移民
したが、ラドルシアへ向かう移民船団では暴動が起き、シャナナは
殺されてしまった。ダニエルは、あらかじめ採取していた彼女の遺
伝子からオルフェウスで甦らせ、時代の表舞台へと戻したのである。
支配者ザロモンとは、天才開発を急速かつ強引に進めるための、
体制軍幹部による創作だったのだ。アジュワイト元帥だけでなく、
人望の厚いジェグナン大将もそれに関わっていたと聞いて、セシル
はショックを受けた。
ルーブルの乗員たちは、投降した。そして、マークは、再び抹殺
されつつあるシスティーナと、反逆者になってしまったネイルたち
を、ミネリーに託した。
そして、彼はひとりルーブルに乗り込み、おとりとなってミネリ
ーたちを逃がした。
「陛下、帰還して出撃のご準備を」
「分っている」
美形の少年は、ほとんど真上を向いて、聳え立つギィに答えた。
体制軍のガンマ・バースト砲はすでに完成していた。ガズミクに勝
機があるとすれば、数段強力といわれるヘルメスのガンマ・バース
ト砲が始動するまでの期間であろう。
「アートマンになるのは、システィーナかモニカか…」
ミネリーは皇帝に向けて呟いた。
「並外れた情熱の数と深さ。案外、アートマン（本来の人間）とは、
あのようなものかも知れないよ」
少年は微笑した。彼には、ルーブルで帰るマークの姿が見えてい
たのだ。
「ミネリーか、素敵な人だったな。そうだ。帰ったら、モニカ・サ
ーブルに会おう。いや、その前にキムと話の続きを…」
最後の決戦は、目前に迫っていた。
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