アートマン誕生！ 第１部 地球編
第三章 崩された均衡
１
「ハーマが敵の次世代戦艦と遭遇し、交戦した」
「長時間の撮影により、その全貌を掴んだ」
「一七分間に渡る砲撃戦となるが、不運にも敵艦に命中させること
が出来なかった」
そんな噂は、ヨロメーグが戦艦ワルキューレの艦橋に戻った時に
は、もう広がっていた。
「敗北を、運のせいにするようなバカを、相手にするな！」
ざわめいた艦橋は、ヨロメーグの一喝で静まった。
「艦隊を後退させる。テラッジ将軍、我が艦を中央部の安全な位置
へ移動させるのだ」
すると、艦長のテラッジは、指示の内容を反復して確認してき
た。
同じ将軍でも、最上級のヨロメーグとは身分が違う。反論したい
のだろうが、言葉で表してはこない。
上官ほど目立たないが、テラッジも珍しく肥満気味だった。
それ以上に珍しいのが、出世欲の無さである。知能指数は高く、
入隊後間もなく将軍になったものの、提督になる気は無いらしい。
年齢は四〇代半ばになるが、副長や参謀などをやって、軍内を転々
としている。
だが、心強いことに、この艦長は無能ではない。さらに言えば、
イエスマンでもない。性格は穏和だが、上官の誤った戦術を賛美し
たりはしないのだ。
ヨロメーグは、部下たちの動揺を沈める意味も込め、堅物の部下
に意見を述べるよう促した。
「恐れながら、我が艦隊がこれ以上後退しますと、ハーマ様の守備
宙域が拡大し、次世代戦艦対策という重要任務が、おろそかになる
でしょう。イライザ様は、閣下の行動を意図的な妨害と見なすので
は、ありませんか？」
将軍と士官の違いだろうか。トシムに比べ的確な洞察に、ヨロ
メーグは満足した。
それでも、部下の中には、ハーマの戦艦バラクーダでさえ一撃も
与えられなかった敵を恐れ、むざむざ敗走する気かと、苛立った様
子の者も見える。
彼は、自分の言葉で伝えなければならなかった。
「文字どおり、これは妨害だ。しかし、ハーマは挑発に乗ってく
る。イライザは彼の失態のフォローに追われ、私を叱咤する余裕も
なかろう」
思惑通り、艦橋にいた部下たちは、テラッジを含め、一様にうな
ずいた。
ハーマは、優先順位を考えられない男である。
ガズミクは、土星の衛星タイタン上の基地を制圧している。我々
がここから去れば、敵はタイタン奪回のために、この宙域へと移動
してくるに違いない。
その時、ハーマは大事な任務を放り捨てても、食いついてくるだ
ろう。
最悪、土星の制宙権を失ったとしても、こんな惑星など、弾よけ
の盾代わりでしかないのだ。
「だが、勘違いしては困る。上官の追い落としなど、副産物に過ぎ
ない。一日も早く、有能な者が指揮権を持たねば、我々に勝利はな
い。そのためには、味方の犠牲もやむを得ないということだ」
ヨロメーグは、控えめな表現に止めたつもりだったが、部下たち
の表情は途端に暗くなった。
沈黙を嫌ったのか、テラッジが今後の任務を確認してきた。
「尼崎技術士官との合流をカムフラージュするために、味方の艦隊
から離れた宙域へ後退するのですね」
「その通りだ。しかし、もう少し時間が欲しい。尼崎の実力は、高
機動戦艦の戦果によって証明され、今日にも将軍に昇進させる手筈
だったが、イライザの撤退命令のせいで、予定が狂ってしまった」
ヨロメーグは、艦内の設備を破壊して、怒りを沈めたい気分だっ
た。しかし、そのような行動は、部下を萎縮させるだけで、プラス
の効果は何もない。
技術士官の階級では、設計の許可は出ないビショップ級戦艦だ
が、実際は七三光年彼方の工業衛星にて、一隻建造完了しているの
である。
意気揚々とするトシム士官には気の毒だが、壮大な野望を抱く将
軍にとっては、高機動戦艦による小さな武勲など、意味を持たな
い。ただ、有能な部下を昇進させる手段として、生かしたかっただ
けなのだ。
体制軍もそうだが、我々も太陽系外に工場衛星を多数抱えてい
る。だが、その意味あいは大きく異なる。
彼らは、太陽系内の資源を使わぬように、半径五〇光年の範囲の
恒星系の惑星で、採掘を行っているのだ。地球の資源浪費を懸念し
て、宇宙開発に向かった二一世紀を髣髴とさせる。
一方、我々ときたら、単に体制軍の攻撃を避けるために、やはり
半径五〇光年の、何もない宙域に武器の製造拠点を置いているので
ある。つまり、資源採掘には、さらに遠くの恒星系まで向かわなけ
ればならないのだ。
これでは二度手間なので、ヨロメーグの発案で、工場衛星は半径
一〇〇光年の範囲へと、徐々に移転し始めているのだが、完了する
のは何年先だろうか。
ハーマに言われた通り、今ビショップ級戦艦を使えないのは、痛
手である。
２
ヨロメーグ率いる分岐艦隊一六〇〇隻は、冥王星軌付近だがハン
ニバルからは四四億キロメートル離れた宙域で、停泊することに
なった。
これは、ガズミク太陽系方面軍・主力艦隊の中で一五パーセント
程度の戦力に過ぎず、戦局に影響は無いと思われる。
だが、この行動を問題視したのは、イライザでもハーマでなく、
主力艦隊提督シーゲルであった。
彼はメンバーズエリートの称号を受けており、階級ではイライザ
とハーマの中間にあたる。
無論、それほどの大提督が、自ら出向いてくるわけもない。ヨロ
メーグの旗艦ワルキューレのすぐ付近に、ワープアウトしてきたの
は、ポヨール将軍の旗艦ロードスであった。
そして、ポヨールは数名の部下を連れ、ワルキューレに乗り込ん
できた。ヨロメーグにも、テラッジにも、何の手も打つことができ
ないほど、素早い行動だった。
彼は、ハーマの腹心ブルックリーバーとともに、ヨロメーグに
とってたった二人の格上の将軍である。いかなる指示も、拒否する
ことができない。
艦橋に、鍛え抜かれた体を持つ、長身の男が入ってきた。年齢
は、ヨロメーグより二つ上だが、見かけはずっと若く見える。
こいつは、いつもニヤけた表情をしていて、何を考えているか分
からない。階級の上下を考えれば唯一の人選だが、シーゲルめ、よ
りによって、面倒なヤツを寄こしたものである。
ヨロメーグは苦々しく思うのだが、顔に出さぬようにして、相手
の手の内を見ようと思った。
一方、ポヨールは何も考えていないのか、早速用件を告げた。
「手短に言う。シーゲル様に情報を提供するか否かだ。合法的に
ハーマ様を妨害出来たら、都合が良いのだろう？」
さすがは、シーゲル。すべて見抜かれていると思った方が良さそ
うだ。
ヨロメーグは顎に手をあて、狭い艦橋内をしばらく歩き回った。
しかし、これは考えている振りに過ぎない。結論は出ているが、
迷っていると見せた方が、こちらの持ち駒が高いと思わせられる。
シーゲルの命令で、ブルックリーバー将軍を締め上げれば、次世
代戦艦の情報は簡単に手に入る。ハーマがイライザに泣きついたと
て、後の祭り。処分の対象もシーゲルである。こちらが、すべてを
提供したとて、安いものだ。
繰り返すが、ヨロメーグはクズのような武勲を欲していない。次
世代戦艦など、シーゲルにくれてやる。ハーマより、もっと有能な
者の手に渡ることが、長い目で見れば、ガズミクの利益になる。
グルグルと、彼は二分間歩いた。上官は相変わらずヘラヘラと
笑っているが、後方に控えているその部下たちは、表情をこわばら
せていた。
本当なら、シーゲルがどこまで情報を掴んでいるか、確かめたい
ところだが、交渉人は即答を要求している。ここは、見切り発車と
いくか……。
「よろしいでしょう。情報提供を確約します」
ヨロメーグが言うと同時に、ワルキューレからロードスへ、全情
報の転送が行われた。
「ろくな情報が無いな」
その瞬間、ポヨール将軍がつまらなそうな顔でもらした。
将軍ともなれば、大脳に通信組織と補助記憶層を埋め込む権利を
持つが、実際にやっている者がいるとは、思わなかった。こんな改
造は、軍人の奴隷化に過ぎない。
「自由に動ければ、情報は今後いくらでも手に入ります」
ヨロメーグはそれだけ言って、訪問者たちを追い返した。
「助かりましたね。あれを見られなくて」
テラッジがボソっと呟いた。
「うむ。皇帝陛下に拝謁する日までは、隠し通さねばな」
ヨロメーグは声を出さぬようにして、笑った。
皇帝の遺伝子を手に入れる。この計画の最難関は、否応なく迫っ
ていた。
３
エルソナ・モンゴメリ少佐とジョージ・カルマン大尉が、出頭を
命ぜられた部署は、港内の統括センターであった。
エルソナは副官とは別の個室に案内され、第二艦隊作戦統括部の
高官から、映像を通じていくつかの尋問を受けた。
画面の向こう側に映った男は、ベルエ・ルベル二等査察官と名
乗った。頬のこけた、不健康そうな青年である。東欧系だろうか、
彫りの深い顔だが、肌はやや褐色のように見える。そう考えると、
年齢は四〇を過ぎているかもしれない。
無論、どんな人種だろうが、尋問は、英語をベースにした体制軍
公用語で行われる。いや、何語であろうと、エルソナなら翻訳装置
無しで応じられるだろう。
それより、男の耳慣れぬ肩書きが、自分よりどの程度上なのか、
彼は考えるべきだった。
査察官とは、一種の憲兵である。ザロモン直轄の組織で、体制軍
に反逆の動きが無いかどうか調査していると、彼はどこかで聞いた
ことがあった。
しかし、ごく少人数からなるザロモンが、一万人からの査察官を
掌握出来る筈もない。それが、通説である。
ルベルは、弱々しい声で切り出した。
「君は、第三主力艦隊のオーランド大佐と、接触しているね」
「はい。空母レーモンで補給を受けました」
エルソナは、無難に回答した。航行記録は、どうせ相手の手に
渡っているのだ。弁解は必要ない。
「航路外のボイド宙域を通って迂回しているが、なぜだ？」
「ガズミク艦隊との遭遇を、極力回避するためです」
「軍規違反ではないのか？」
その時、ルベルの目が光ったような気がした。
「単独行動は想定外の事態です。この程度の安全策は許容範囲だと
判断しました」
と、エルソナはその先もずっと、相手を適当にあしらった。
子供のような見かけに惑わされたか、本質的な質問は最後まで来
なかった。
しかし、エルソナが個室から出ると、ごまかせない相手が待ち受
けていた。
彼が見上げると、イワシュー大佐がニヤニヤしているではない
か。
「これで、貴様のクビは切られたな」
「私は潔白だ。査察官も納得した筈だ」
その言葉を待っていたかのように、大男は大声で笑い出した。
「貴様はバカか。尋問を受けたことが問題なんだ」
正直なところ、エルソナは参った。
エリート将校の座など、初めから興味はない。失脚も大歓迎。打
倒ザロモンなんて、どうでもいい。早々に気楽な身分に戻りたいも
のだ。
日頃から、彼はそう思っているのだが、オーランド大佐が危険な
手を使ってまで、ルーブルの映像を欲した理由だけは、知っておき
たかった。
ところが、そのヒントをくれそうな上官は、この通り勝ち誇って
いる。
元々、失言をするようなうかつ者ではないが、普通の会話なら、
何か聞き出せるかもしれなかった。
そこへ、隣の個室からカルマンが出てきた。彼はすぐにイワ
シューに気づいたようだが、こわばった表情は隠しきれなかった。
エルソナは、ここで尋問の内容を聞くわけにもいかないので、部
下を連れて、早々にラカンへ戻ろうと思った。
その時、カルマンが横を向いたまま、ぼそっと言った。
「テスト航行は、不調に終わったそうですな」
「すべて計画通りに進んだ。ビショップ級の一隻や二隻、いつでも
沈められるから逃したのだ！」
イワシューの口調は途端に荒くなり、早足で引き上げていった。
「よほど、悔しかったのでしょうな。血気盛んな若者は良い」
カルマンは、そう呟いた後、カマをかけたのだと明かした。
ああいうプライドの高い輩は、「不調」とか「失敗」という言葉
に敏感である。
これで、テスト航行中に敵のビショップ級戦艦と接触したこと、
そして、取り逃がしたことが判明した。
「ビショップ級と言っても……」
エルソナが、何も特定できないとグチろうとしたのを察してか、
副官はハンディコンソールを取り出してきた。
ビショップ級が何隻あるかは不明だが、我々が確認しているの
は、シーゲルの旗艦バールベックと、ハーマの旗艦バラクーダの二
隻だけ。シーゲルの艦隊は、全く違う宙域に確認されているから、
接触したのはバラクーダに間違いない。
副官はハンディコンソールに、先ほどラカンから撮影しておいた
ルーブルの映像を表示させた。同時に、様々な解析も同時に試み
た。
「なるほど、被弾した形跡は無いな。敵は大規模な艦隊だろう。
ルーブルは、一隻で行動していたようだが……」
エルソナは、オーランド大佐が気にしていた、ある装備のことが
気にかかった。
空母レーモンで渡された資料を見直してみても、ルーブルがバラ
クーダと接触したのは、七時間前から、ラカンがここへ入港した一
時間前までの、たった六時間の間しか考えられない。
装甲の自動修復が実用化されたとしても、数日は痕跡が残るはず
だ。いや、自動修復のための活性金属組織など、何年も前に公表さ
れた技術である。今さら、秘密も危険もない。
それより、エルソナには聞くべきことがあった。
「ところで、何を尋問されたんだ？ 顔が真っ青だったぞ」
「気楽なものですな。昇進をエサに、上官を売れと言われました
よ」
「悪い冗談だ」
「冗談ではありません。あなたを売らせていただきました」
カルマンは、下を向いてそう答えた。
４
「休息は、四〇分しかありません。いや、実質ゼロでしょう」
カルマンにそう急かされ、エルソナは早足で港へ出た。しかし、
港内は無重力なので、その先はスピードを上げられない。
物資こそ空母レーモンで補給されていたが、装備のチェックや乗
員の点呼、出港手続きという雑用だけで、二時間ぐらい潰れてしま
う。
第七遊撃部隊への合流と、失った艦艇の補充にも、さらに時間を
食われそうだ。
「余計な人物と接触させないためでしょう。任務に復帰すれば、暇
も出来ますよ」
カルマンはそう言うのだが、これからは査察官の目が光ってい
る。
戦艦ラカンの艦橋に入るなり、艦長たるエルソナは、自分から敬
礼しなければならなかった。
イワシュー大佐より頭一つ、いやそれ以上に大きいかもしれない
青年が、中央の艦長席の横に立っていた。
後ろ姿だったが、エルソナにはそれが誰だかすぐに分かった。
チャドウィック・ハーシェル中佐。第三主力艦隊内務総監シス
ティーナ・ハーネイ准将の片腕として知られる、エリート士官であ
る。
「この辺が、お互いの妥協点でしょう」
彼は、早速カルマンにそう言った。どうやら、二人には面識があ
るらしい。
モーリス・Ｍ・カールビンソン中将が全権を掌握する第二主力艦
隊と違い、第三主力艦隊は内部抗争で揺れているとの噂である。
提督であるパトリック・ランカスター少将と、後方支援の要であ
るハーネイ准将の指揮権争いは、熾烈を極めているという。
彼女をよく知るエルソナは、下らないデマと聞き流してきたが、
本当のところを確かめるチャンスだと思った。
しかし、雑談の時間は無かった。
査察官は、ランカスター少将らの勢力と対抗するハーシェル中佐
に、エルソナたちの監視を命じたのである。
「戦争の素人が直接監視するより、プロに任せた方が確かだ」と、
カルマンが査察官を言いくるめたというのが、正確だった。
「無論、私がラカンに常駐するわけではない。今後の君たちの行動
は、第二級監視プロトコルによって、すべて我々に転送される。そ
の設定を行うために、乗艦しただけだ」
大男は、艦長席のコンソールを操作し、艦の運航記録や艦橋等主
要部署の映像・音声記録の転送を設定し、ロックした。
「こちらの技術者が設定を解除し、偽物のデータを転送したらどう
なります？」
カルマンがそう尋ねたのは、蛇足であった。
「モンゴメリ少佐。君がハーネイ准将を裏切ることはない。査察官
もそれを承知しているのだろうな」
そう答えたハーシェル中佐の表情から、エルソナは人柄の良さを
感じた。
噂の域を出ないとはいえ、そもそもオーランド大佐に協力したこ
と自体が、システィーナへの裏切りだった……。
複雑な思いで、エルソナは肉視窓から港の様子を、ぼんやり眺め
ていた。
外は、ほんの数分の間に、人影が増えている。
「ルーブルも出港するようですな」
カルマンは副長席のコンソールを操作し、青い巨艦の出港時刻を
確かめた。
土星の周囲で、敵の防宙力が弱まっている。そして、付近の第
二、第四遊撃部隊が、土星の衛星タイタンへ向かったことが、艦橋
のメインパネルに投影された。
ルーブルを誘き出す作戦とも思えないが、数年ぶりの大規模な艦
隊戦は、確実となった。
なるほど、テスト航行に同乗していた部外者が、降りてきている
わけだ。
エルソナは、立ったまま艦長席のコンソールから、艦外カメラの
映像を次々に切り替えていった。
彼の細い手の上に、大きな手が覆い被さってきた。
「たぶん、ここだ」
映像が切り替わり、一点に寄った。
すると、高級将校の制服に身を包んだ長身の女性が、手すりから
身を乗り出し、右の方を注視しているのが見えた。彼女は、肩まで
あるプラチナブロンドの髪をかき上げた。
昔と同じ顔のシスティーナだ。しばらく見ないうちに、一七八セ
ンチの元の身長まで成長したらしい。顔つきも一四歳とは思えない
ほど、大人びている。
彼女が、瞬きしながら見つめている先は、カメラの位置から考え
て、こちらの艦橋に間違いなかった。
エルソナは、いくつもの肉視窓を次々に覗いて回ったが、すべて
が死角になっていた。
「艦長、出航準備が完了しました。カールビンソン中将が、早く出
ろと言ってきています」
オペレータがそう急かすので、彼は艦橋を出るわけにもいかず、
艦長席へ戻った。まだ、一五分は残っていたが、第二主力艦隊提督
の命令に逆らえる筈もない。
「私が、せいぜいゆっくり降りるよ」
ハーシェル中佐は、若い艦長と副官と握手を交わして、艦橋を出
ていった。
当然、エルソナも好意は無にしなかった。彼は通路へ出て、彼女
の見える肉視窓を探した。細部まで彼が設計した艦だ。それはすぐ
に見つかった。
しかし、超硬化ガラスを通して、遠くに彼女の姿が見えただけの
ことだった。
エルソナが艦橋に戻ってみると、オペレータたちは忙しそうにコ
ンソールを操作していた。
「出港許可ＩＤ受領」
「補助リアクター始動。ジャイロ回転数五四〇〇。固定脚解除」
オペレータたちの声に応え、艦長は力無く最後の指示を出した。
「ラカン発進」